経営論連載Vol.2 - デザイン思考の5プロセスから見る日本のWebデザインの限界
Webデザイナーと名乗るからには
デザイン思考の5つのプロセス。和訳は筆者による。 出展:An Introduction to Design Thinking PROCESS GUIDE |
なんだかんだ、私がWeb界隈のビジネスに身をおいてはや10年近く経ちました。生まれて初めてHTMLに触れたのは確か学生時代の1996年とか97年とかなので、それから20年くらい。まだCSSという規格がなかった時代に、テキストエディタ(メモ帳的なもの)でHTMLを打ち込んで自分のWebページを作ったものです。
あいにく私には絵心がなくセンスゼロだったので、制作方面では全く大成しませんでした。それゆえ、自分が仕事で関わったWeb制作はほとんど外部のWebデザイナーさんにお願いして作ってもらっています。そうして作ってきたページ数は、もう数えられませんが1,000ページは超えると思います。そして、お付き合いしてきたWebデザイナーさんも数十人になります。
その数十人の方々について「この方とはちょっと上手くやれないなー」とか「この方にはぜひ次もお願いしたい!」という感想は正直言うとありました。でも、今まではそれが何なのか、使う写真やイラストなどのクオリティ以外には何が良かった・悪かったのか、上手く言語化できませんでした。
連載Vol.2として、この違和感についてデザイン思考の5つのプロセスの観点でまとめてみようと思います。
その他の連載はこちらからご覧ください。
そもそもデザイン思考って?
デザイン思考そのものの解説はここでは控えますが、本論の入り口として、デザイン思考のビジネス応用提唱者 Tim Brown による説明を引用します。
Design thinking can be described as a discipline that uses the designer’s sensibility and methods to match people’s needs with what is technologically feasible and what a viable business strategy can convert into customer value and market opportunity.
以下、私による意訳です。
デザイン思考とは、デザイナーの感性や手法を用いて「人々のニーズ」と「出来るのか?」「やるべきなのか?」をマッチングさせて、お客様への価値を実際に形にして提供する考え方のことです。
少々ややこしいので誤解を恐れずにさらに噛み砕くと「デザイナーのモノの考え方を応用して、ビジネスチャンスを広げるための考え方」ということかと思います。
つまり、元々は「優れたデザイナーさんのアタマの中を整理するとこういうことなんです」というものかと私は解釈しています。
それで、「デザイン」「デザイナー」って?
日本語で「デザイナー」というと、何というか、モノや絵の見た目を作る人、というイメージが強いですよね。プロダクトデザイナー、Webデザイナー、服飾デザイナー。
でも英語で「design」というと「企てる」とか「設計する」という意味合いの方が強い。それって、日本語で言うと「プランナー」みたいな感覚だと思うんです。広告プランナー、イベントプランナー、映像プランナー。
まぁ肩書きの定義は別の場で論じるとして、つまり英語で言う「Design Thinking」のDesignとは、設計する、という意味合いなのではないかと思います。なので、「設計する人の考え方を整理したものがデザイン思考」ということかな、と。
そして英語で「Web design」というと、単にWebページの見た目を作ることではなく「そのページは何を目的としていて、見ている人に何をして欲しいのかを設計してページにする」ということだと私は解釈しています。
そしてデザイン思考をWebデザインに当てはめると
以上の2つの疑問への私の解釈を踏まえて、Webデザインの領域にデザイン思考の5つのプロセスを当てはめてみると、これがずいぶんシックリ来るんです。今までの経験の「良かったWebデザイン」「悪かったWebデザイン」が言語化できるんです。
1. Empathize - 感情移入する
まず、そのページを訪れる人の気持ちになってみる。
私は、何がしたくてわざわざこのページを開いたんだろう?
その時、何に困っていたんだろう?あるいは何にも困ってなくて電車の中のヒマつぶし?
私は投資家で、その会社の財務情報を見たい?私はお客様で、とりあえず店舗の場所が知りたい?
とりあえず新しいメガネが欲しいけど、どれを買ったらいいのか分からない?
よくマーケティングの世界では「ペルソナの設定」などといいますよね。それと同じことではないかと思います。
2. Define - 問題を定める
自分は、本当は何がしたいんだろう?
ある有名な言葉があります。
「ドリルを買いたい人は、ドリルが欲しいのではない。穴が欲しいのだ」
ペルソナを設定したからといって、すぐに表層的に見た目づくりに入ってはならない、と言われているように感じます。
私はドリルを探しているけど、本当に欲しいのはドリルを使って作る椅子なのかもしれない。
私がドリルを探している理由は、壁に穴をあけて棚を据え付けたいのかもしれない。
私がお店の場所を探している理由は、カメラを修理したいたけで本当はお店には行きたくないのかもしれない。
そうやって、お客様の心の声を想像し、問題を設定する段階がDefineです。
3. Ideate - アイデアを出す
さて、お客様の心の声が見えてきたら、その解決策のアイデア出し。どうすればお客様の要望を満たせるページが出来るでしょうか?
(もしかしたらWebページじゃなくてメールマガジンが解決策かもしれないですけどね)
お店の場所を検索している人に、郵送修理サービスを提案してはどうだろう?あるいはカスタマーサポートの電話番号を表示してはどうだろう?
ドリルを検索した人に、椅子や棚などのカスタムメイドサービスを提供してはどうだろう?
この時、もはや解決策がWebページの制作ではなくなるかもしれない。でも、それでいいんじゃないかと思います。
なぜなら「Webページ作らなきゃ」という解決策の設定そのものが間違いだった、ということですから。
(とはいえ、他のEmphasizeやDefineからWebページ制作の必要性は見えてくると思いますけどね)
4. Prototype - 解を作ってみる
さて、解決策の設定が出来たら、次は作ってみること。この文脈においては作るものはWebページなので、とりあえずもうコーディングしちゃう。カンプ(Photoshopなどで作る、とりあえず画像などを貼り合わせて見た目を整えたもの)も作らない。
ちなみにデザイン思考の考え方では、模型でも紙芝居でもコンセプト動画でもいいからカタチにすることが大事、と説かれていますが、Webやスマートフォンアプリの場合は、骨組みだけでもいいから実際に動くものを作ることが大事だと思っています。
なぜなら、Webやスマートフォンアプリは「インタラクティブなもの」だから。つまり、使っていて気持ちがいいか、押しやすいところにボタンがあるか、スマートフォンの小さい画面で見て十分な大きさか、といった「人間の感性との対話」が大切だから。スマホアプリの動作概要を紙芝居でやるのは正直限界があって、本当の意味でのプロトタイプにならない。
こういう話をすると、制作する側、デザイナーさんは「いや、でも思い込みで作っても全然ダメだったら無駄手間になってしまうので」という話をされる方がいます。
私も昔アプリケーションエンジニアだったころには「いや、どういうアプリケーションがいいかはお客様じゃないと分からないから」と一歩引いてしまっていました。なので、そのお気持ちも良く分かります。
そう、ここが本論のポイント。
一歩引いてしまっているということは、デザイン思考で言うところの Emphasize が出来ていないからなのではないでしょうかね。
そのWebページなりスマートフォンアプリなりの、ユーザーさんの気持ちに共感できていないために、そういう発想になってしまう。
これが出来るWebデザイナーさんは、私が考える「よいデザインを作れる人」であったのかな、と気が付いた次第です。
※だからと言って、発注側である私が共感しなくてよい理由にはなりません、というのがVol.1のお話だったりします。
発注者も、Web制作者も、お客様の気持ちに共感してこそ、本当に価値のあるWebページが生まれるんじゃないでしょうかね。
このポイントを理解しているWebデザイナーさんは、日本にはちょっと少なかったかなー、と振り返ると思います。
…とか何とかエラそうに私が言ってみても、真の意味でお客様が欲しているものはお客様に聞かないと分からない。
もちろん制作者自身もイチお客様になり得るわけですが、統計的にはより少し多くの人に見てもらったほうがより「確からしく」なりますよね。
とりあえず動く、触れるWebページが出来上がったら、それを試してもらう。なにもお金を払って本当の一般消費者の人に来てもらう必要はありません(それが出来れば一番いいけど)。社内の別部門の人、社員の友達とかでも良い。実際に触れてもらい、そしてフィードバックをもらう。
そうやって出来上がるものが「よいデザイン」なのではないかな、とデザイン思考では説いているように思います。
そういうわけで、私が日本に居た頃にWeb制作を発注していて感じていたモヤモヤ感を、デザイン思考の切り口で言葉にしてみました。願わくば、このような考え方を体得しているWebデザイナーさんが日本でも増えて、日本のWeb界隈の品質が上がっていくと良いな、と思います。
※ちなみに言うと、アメリカではこれまで2社ほどWeb制作を委託してきましたが、うち1社はデザイン思考をナチュラルに実践しておられ、もう1社はちょっと違う感じでした。このあたり、発注前にどう見極めるか、私も模索してみたいと思います。
IDEO社 Aboutページ(英語):デザイン思考の超概略が分かりやすくまとまっています
Stanford大学 d.school によるデザイン思考のプロセス解説(英語):英語たくさんですが網羅感あり
0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法(日本語):ちょっと固いけど良くまとまっています
ちなみにデザイン思考の考え方では、模型でも紙芝居でもコンセプト動画でもいいからカタチにすることが大事、と説かれていますが、Webやスマートフォンアプリの場合は、骨組みだけでもいいから実際に動くものを作ることが大事だと思っています。
なぜなら、Webやスマートフォンアプリは「インタラクティブなもの」だから。つまり、使っていて気持ちがいいか、押しやすいところにボタンがあるか、スマートフォンの小さい画面で見て十分な大きさか、といった「人間の感性との対話」が大切だから。スマホアプリの動作概要を紙芝居でやるのは正直限界があって、本当の意味でのプロトタイプにならない。
こういう話をすると、制作する側、デザイナーさんは「いや、でも思い込みで作っても全然ダメだったら無駄手間になってしまうので」という話をされる方がいます。
私も昔アプリケーションエンジニアだったころには「いや、どういうアプリケーションがいいかはお客様じゃないと分からないから」と一歩引いてしまっていました。なので、そのお気持ちも良く分かります。
そう、ここが本論のポイント。
一歩引いてしまっているということは、デザイン思考で言うところの Emphasize が出来ていないからなのではないでしょうかね。
そのWebページなりスマートフォンアプリなりの、ユーザーさんの気持ちに共感できていないために、そういう発想になってしまう。
これが出来るWebデザイナーさんは、私が考える「よいデザインを作れる人」であったのかな、と気が付いた次第です。
※だからと言って、発注側である私が共感しなくてよい理由にはなりません、というのがVol.1のお話だったりします。
発注者も、Web制作者も、お客様の気持ちに共感してこそ、本当に価値のあるWebページが生まれるんじゃないでしょうかね。
このポイントを理解しているWebデザイナーさんは、日本にはちょっと少なかったかなー、と振り返ると思います。
5. TEST - 試してみる
…とか何とかエラそうに私が言ってみても、真の意味でお客様が欲しているものはお客様に聞かないと分からない。
もちろん制作者自身もイチお客様になり得るわけですが、統計的にはより少し多くの人に見てもらったほうがより「確からしく」なりますよね。
とりあえず動く、触れるWebページが出来上がったら、それを試してもらう。なにもお金を払って本当の一般消費者の人に来てもらう必要はありません(それが出来れば一番いいけど)。社内の別部門の人、社員の友達とかでも良い。実際に触れてもらい、そしてフィードバックをもらう。
そうやって出来上がるものが「よいデザイン」なのではないかな、とデザイン思考では説いているように思います。
総括
そういうわけで、私が日本に居た頃にWeb制作を発注していて感じていたモヤモヤ感を、デザイン思考の切り口で言葉にしてみました。願わくば、このような考え方を体得しているWebデザイナーさんが日本でも増えて、日本のWeb界隈の品質が上がっていくと良いな、と思います。
※ちなみに言うと、アメリカではこれまで2社ほどWeb制作を委託してきましたが、うち1社はデザイン思考をナチュラルに実践しておられ、もう1社はちょっと違う感じでした。このあたり、発注前にどう見極めるか、私も模索してみたいと思います。
参考文献
IDEO社 Aboutページ(英語):デザイン思考の超概略が分かりやすくまとまっています
Stanford大学 d.school によるデザイン思考のプロセス解説(英語):英語たくさんですが網羅感あり
0から1を創り出すデザイン思考 ― 新たなイノベーション創出手法(日本語):ちょっと固いけど良くまとまっています
SAP社によるデザイン思考の活用に関する動画(日本語字幕):EmpathizeとDefineのプロセスが分かりやすく紹介されています
Special Thanks
なお、私のデザイン思考に関する知識は SAP社 Palo Alto Labにお勤めの小松原 威さんから大部分を頂いております。彼の教えなくして本連載はありません。ここに改めて感謝の意を表したいと思います。